東京地方裁判所 平成9年(ワ)5758号 判決 1997年5月28日
原告
安田英二
右訴訟代理人弁護士
宮川博史
被告
株式会社東京三菱銀行
右代表者代表取締役
高垣佑
右訴訟代理人弁護士
吉原省三
同
小松勉
右吉原省三訴訟復代理人弁護士
松本操
同
三輪拓也
被告補助参加人
谷澤祐子
右訴訟代理人弁護士
佐々木秀雄
同
田口育男
主文
一 被告は、原告に対し、金二〇二九万九三六四円を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文と同じ。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 亡安田泰平は、生前、被告との間で別紙預金目録記載の預金をする旨約していたが、平成九年一月六日現在、右各預金(これらをまとめて以下「本件預金」という。)の残高は、同目録記載のとおりであった(なお、右預金のうち、定期預金については、いずれも現時点までに満期が到来しており、預金者による払戻しが可能である。)。
2(一) 安田泰平は、平成六年一二月二三日に死亡した。
(二) 安田泰平の相続人は、長女の被告補助参加人、長男の安田泰裕及び二男の原告の三名である。
二 争点
被告が、本件預金の帰属不確定を理由に、原告の払戻請求を拒否することにつき、正当な理由があるといえるか。
(被告の主張)
被告は、平成八年一二月三〇日到達の内容証明郵便で、原告から本件預金の三分の一について払戻請求を受けたため、安田泰裕及び被告補助参加人に対し、原告の右払戻請求に応じてよいかどうか意向を確認したところ、被告補助参加人は、横浜家庭裁判所に係属中の安田泰平の遺産分割調停事件の結果によって、本件預金の帰属が決まることを理由に、原告に対する払戻しを差し控えてほしい旨回答した。そこで、被告としては、本件預金の帰属が明らかになるまで、原告の払戻請求に応じるのを差し控えている。
(被告補助参加人の主張)
原告及び安田泰裕は、右遺産分割調停事件において、遺産の中の住居及び複数の店舗等の不動産を使用している原状を理由に、これらの不動産の取得を希望しているのに対し、被告補助参加人は、遺産中の不動産を使用していない原状にある。したがって、本件預金については、原告、安田泰裕及び被告補助参加人間において、法定相続分と異なった内容の分割協議が成立する可能性が高いが、原告がそのような状況下であるにもかかわらず、右遺産分割調停手続と切り離して本訴を提起し、自己の法定相続分に応じた預金の払戻しを受けようとすることは、右遺産分割の全面的な解決を阻害するものである。
(原告の反論)
原告は、安田泰平の遺産分割調停において、今後、本件預金を分割協議の対象に含めることにつき同意することは絶対にあり得ないので、本件預金は、法定相続分に従って共同相続人間で当然に分割されたものとして扱うべきである。
第三 争点に対する判断
一 預金債権等の可分債権を有する債権者が死亡して、その相続人が複数存在する場合には、相続財産が共有の性質を有することに照らせば、右可分債権は法定相続分に従って当然に分割され、したがって、共同相続人間の遺産分割協議の対象外となるのが原則であるが、可分債権も、共同相続人全員間の合意によって、不可分債権に転化させることも可能と解することができるから、共同相続人の全員が、預金債権等の可分債権を遺産分割協議の対象とすることにつき合意した場合には、これを法定相続分に従って当然に分割されたものと扱うべきではなく、右債権については共同相続人の合有関係に転化したものとして処理すべきである。
したがって、共同相続人から右可分債権の請求を受けるべき債務者としては、右債権が遺産分割協議の対象に含めることについての合意が成立する余地がある間は、その帰属が未確定であることを理由に請求を拒否することも可能というべきである。
二 しかしながら、本件の場合、安田泰平の共同相続人中、少なくとも原告は、本件預金を遺産分割協議における分割対象に含めることに同意しておらず、しかも、今後これに同意する可能性もない旨明言しているのであるから、将来的に右内容の合意が成立する可能性はもはやないと認められるので、本件預金の帰属は、可分債権の相続関係についての原則論に立ち返ったものとして扱わざるを得ず、したがって、本件預金の三分の一は、原告に帰属したものと認めることになり、債務者である被告としては、現時点においては、原告からの法定相続分相当分の払戻請求を拒み得ないというべきである。
三 なお、被告補助参加人の主張どおり、遺産分割協議進行中に共同相続人の一人が預金債権の払戻しを受けることが、分割協議の成立を阻む事由になりかねない側面はあるものの、遺産中の動産又は不動産の取得額が少額となった共同相続人に対しては、預金債権を取得によって調整を図ることができなくとも、他の共同相続人に対する代償金請求をもって調整することが可能であるから、被告補助参加人の主張も、原告の本訴請求を拒否する理由にはならない。
四 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、理由がある。
(裁判官柴﨑哲夫)
別紙預金目録<省略>